特集
瀬戸内の自然と伝統の杉桶が醸す
「オーサワの杉桶仕込み有機醬油」
食の基本調味料である醤油。口にしない日はないほど、私たちの食卓には欠かせない存在です。
主な材料は、大豆と小麦と塩。発酵によって数百種もの成分が生まれ、豊富な栄養素となります。
今回は、千葉や兵庫に次ぐ代表的な産地のひとつである香川県・小豆島でつくられる、杉桶仕込み有機醤油をご紹介します。
オーサワの杉桶仕込み有機醤油ができるまで
小豆島は、江戸から明治にかけては400軒もの蔵元が並ぶ醤油の一大産地でした。現在は、18軒の蔵元が醤油づくりに精を出しています。そのなかで、1950年に創立された丸島醤油株式会社は、今も杉桶仕込みという伝統を守り続けてきています。
「古式本醸造諸味蔵(こしきほんじょうぞうもろみぐら)」と看板がかけられた蔵。中には、見上げるほどの巨大な「杉桶」がいくつも立ち並び、まるで迷路のよう。歳月を重ねた杉桶と熟成が進んでいくもろみの、芳醇な香りに満たされています。奥に進むと冬でも、もわっとする暖かさと、香ばしさを含んだ空気を感じます。
それ自体が呼吸し、発酵に適した環境を保ち続けている杉桶。この杉桶には茶褐色のねっとりした液体が満たされてます。
これがもろみです、蒸した大豆と煎った小麦を混ぜ、種麹を加えた「醤油麹」を食塩水と一緒に仕込んだもの。いわば醤油の赤ちゃんであり、杉桶はゆりかご。ここで一年半から二年程度の時をかけて発酵・熟成していきます。
「夏は、36度前後の気温で麹菌の発酵に適している。ぷくぷくと空気が湧き出る音がよく聞こえます。秋冬は、マイナス気温で空気が乾燥してきれい。この小豆島の温暖で雨が少ない気候が、醤油には向いています」
丁寧に説明してくださるのは、丸島醤油の社長を務める山西健司さんです。
面白いことに同じ屋根の下に並んでいても、蔵や桶の固有の癖があり、同じものは二つとないそうです。
「生き物ですからね。ひとつひとつ機嫌が違うんですよ」と続ける山西さん。
夏は元気に湧き出して、秋冬は音を立てずに静かに眠り、ゆっくり育つもろみ。温度や空気の変化を受けながら、この蔵に浮遊する、発酵を助けてくれる200種以上の酵母菌と結びついて熟成が進みます。
「醤油づくりで大事なのは〝一麹、二櫂(かい)、三火入れ〟と言われています。この蔵は、櫂にあたる場所。もろみをよくするために、職人が日々ひとつひとつ観察してもろみに入る空気の量などを調節しています」
こうした環境づくりと細やかな手入れにより、もろみは第一次発酵である乳酸発酵、第二次発酵である酵母発酵を経て、甘味、酸味、塩味、苦味、うま味、香りが醸し出すのです。
醤油づくりの仕上げ 搾り・火入れ
そして、圧搾工程へ。もろみと、「濾布(ろふ)」という布を何層にも重ねてその自重と合わせ圧をかけ、液体が下に落ちる仕組みです。ビルの3階ほどの高さに積まれた諸味。なんと、400層にもなるそう。この工程を3日間かけて行い、搾り出された醤油は「生揚げ」と呼ばれます。
醤油を絞った後にでる搾りかすは、飼料や肥料として活用されています。
その後、火入れへ。火入れは、醤油独特の香ばしさを引き出す大切な作業。「職人は香りを見極める。感覚を養うには、3年やそこらの経験ではききません」と山西さんは言います。そうして、もろみを育てる長い年月に加え、職人の五感と経験、細やかな世話によって、杉桶仕込み有機醤油はつくられているのです。
こうして出来上がった搾りたての醤油は、少し舐めただけでも塩味のなかにまろやかな甘味と香りのよさが際立ち、おいしいことがすぐにわかります。そしてコクと丸みもあり、どんな料理でも滋味深く仕上げてくれるような味わい。
時間をかけてじっくり熟成させるからこそ、深い芳香と風味が宿るのでしょう。
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〝命のある大豆を〞天然醸造醤油の復活
かつてはこうした伝統的なつくり方が許されない時代もありました。脂肪分を食用油として搾った後の「脱脂加工大豆」を使用し、効率優先の大量生産が求められました。
そんな状況の中、丸島醤油は天然醸造醤油の復活に取り組み始めます。きっかけは桜沢如一の言葉だったそうです。
その歴史を話して下さったのは、丸島醤油と共に長年仕事をする純正食品マルシマの社長・杢谷(もくたに)正樹さん。丸島醤油の創始者一族のおひとりで、山西さんとは幼馴染。自社でもオーガニック食品の製造販売をしながら、醤油づくりの原料の仕入れや販路開拓も手がけています。
杢谷さんのお父様が体調を崩した際に、病床で桜沢如一先生の本を読み込んでマクロビオティックの食養生を実践し、回復。その後、桜沢先生を丸島醤油にご招待して、よりよい醤油をつくるご相談する機会に恵まれたそうです。
「桜沢先生は、手に握った材料を見せながら『この大豆は、畑にまいて芽が出るのか? 命がないじゃないか』と仰ったんです。脱脂加工大豆でつくることが業界内で当然になっていたなかで、父は〝命のあるものを食べろ〟の意味を深くかみしめて、丸大豆による天然醸造醤油の本格的な普及に力を入れました」
しかし、つくってもなかなか売れず、支持を得るまでには時間がかかり、一升瓶の醤油を車に積んで全国行脚をする日々が数年続きます。
それでも『いいものは残さないといけない』という強い想いで、自分たちの食の理想を追求されたことで、今なお私たちはこの伝統製法の醤油を味わうことができるのですね。
ともに丸島醤油の創始者の一族で、醤油づくりに奮闘する祖父、父の姿を見てきた山西さんと杢谷さん。
大きな設備が必要なため、何社かで桶をシェアしたり協業するのは醤油業界ではよくあること。今回訪ねた「丸島醤油」も同じ集落にあった7軒の蔵で創業した会社です。
代を重ねるうちに会社の規模も大きくなり、山西さんはつくる立場となり、杢谷さんは販売する立場となりました。
株式会社純正マルシマ 社長 杢谷正樹さん | 丸島醤油株式会社 社長 山西健司さん |
「現在、醤油は全国に大小多くのメーカーがありますが、地域ごとの個性はかけがえのないもの。土地の味を、守っていかないといけません。昔ながらの醤油は、400年の歴史のなかで信頼が証明されている。土地の味を守り続けていくには、原料の状態を見て、その性質に合わせて丁寧につくる。つまりは『原料からの教え』を守る一心です。この先どんなに機械技術が進んでも、職人の腕が必要なんです」と、杢谷さん。
「よい醤油ができる環境をつくる。時間を惜しまずに焦らず待つ。そしてつくり手が精魂かけて変わらぬ安心安全なものを提供する。それが私たちの使命です」と山西さん。
食材の背景を知ることで、一層愛着がわき、味わう楽しさを感じられました。
「オーサワの杉桶仕込み有機醤油」を楽しむレシピ
記事の全文は、WEBマガジン&フリーマガジンLMvol.4「醤油」でご覧いただけます。
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